猫を愛した画家・藤田嗣治

猫を愛した画家・藤田嗣治(レオナール・フジタ)

藤田嗣治という画家をご存じでしょうか?

 

 

「エコール・ド・パリ」という1920年代にパリでおこった芸術のムーブメントの中で、モディリアーニ、シャガール、スーティン、パスキン、キスリングといった日本の美術館で展覧会を行ったら結構な人気になる歴史に名を残す画家と共に、当時のパリの画壇で中心的な存在だったのが藤田嗣治という日本人画家なのです。

その藤田嗣治ですが、実は猫が大好きだったのです!!

今回は藤田嗣治が愛した猫の絵画をご紹介いたします。

猫の本

藤田嗣治は著書「猫の本」で次のように記しております。

私は猫を友達としている。「猫婆」の様に猫がいなければ生きていられないと言う訳ではない、又贅沢な猫でなければいけないと言うのでもなく、捨て猫でも泥棒猫でも、拾い上げて飼うのである。もっともフランスでは滅多に捨て猫はいないが、それでも年に1回や2回は迷って来るので、そんなのを飼ってやるのである。

出典藤田嗣治画文集「猫の本」 講談社

 

「争闘(猫)」

この作品が描かれたのは1940年。

第二次世界大戦の広がりを受けて藤田がパリから東京に戻ってきた年です。

ドイツ軍が迫るパリで描かれました。

大戦勃発後の世の中の空気と自身の心境を猫の闘争本能で暗示するかのような作品になっています。

藤田の猫の絵では代表的な作品。

猫で戦争の混乱ぶりを表現しているのでしょうか?

猫への愛情

藤田の猫に対する強い愛情は一生尽きることはありませんでした。

藤田は、1935年のミルウォーキー・ジャーナルとのインタビューで、

「男性により魅力を感じさせたいと願っている女性は、猫たちをもっと自身のまわりに置くべきだ。女性には女性だけが持っている美しさ、可能性がある。しかし残念なことにほとんどの女性は猫から学ぶことが出来る自身の可能性を開発する方法を学んでいない」

と語っています。

男を魅了するのは猫に学べっていうこと。

 

「少女と猫」

 

藤田嗣治はどういう人?

「自画像」

1886年、東京の医者の家に4人兄弟の末っ子として生まれました。
第一次世界大戦が始まる1年前に渡仏。
猫と女性を得意とし、なかでも「乳白色の肌」とよばれた裸婦像などは人気を博した。エコール・ド・パリの代表的な画家である。
1955年にフランス国籍を取得、59年に洗礼を受けレオナール・フジタと改名。
参考:wikipedia藤田嗣治

 

「猫の本より」

 

「タビスリーの裸婦」

裸婦と猫

藤田嗣治の絵のモチーフは裸婦が多いのですが、ちゃっかり猫も登場しています。

おかっぱヘアーが特徴の藤田嗣治は、パリの社交界では同じおかっぱヘアーだったキスリングなどと並んで人気がありましたが、日本では評判はよくありませんでした。

当時の日本男子にはあるまじき髪形や風体をしており、日本の画壇の間では胡散臭く映ったみたいです。

 

「仕立て屋の猫」

 

「白い猫」

レオナールへの改名

1955年にフランス国籍を取得した藤田嗣治は、1959年にカトリックの洗礼を受け、「レオナール」の洗礼名を受けました。

藤田はその後、死ぬまで二度と日本へは戻らなかったそうです。

寂しかったろうね

日本人で世界レベルの画家としての地位を築きあげながら、日本人からの嫉妬や偏見を受け、一人パリで暮らす藤田は、猫のように、我が道を行くという”猫スタイル”だったのかもしれません。

そんな異邦人・藤田のよき理解者が猫たちであり、藤田もまた猫のよき理解者だったのでしょう。

藤田嗣二、いや、レオナール・フジタが描く猫たちは、みんな表情が豊かで、表情の奥に愛情や愛嬌が感じられます。

 

 

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